子宮内膜症について
不妊症の一つの原因として子宮内膜症があげられます。子宮内膜症とは、子宮内膜が子宮内膜以外の場所に存在する状態を言います。月経時に生理と同様に卵巣内などで月経用の出血をきたすため卵巣内にのう腫を形成します。また卵巣周囲に癒着を引き起こし、その結果生理痛をきたしてきます。
子宮内膜症は放置しておきひどくなると、手術をしなければいけない等治療が結構大変になります。生理痛がひどいと思ったら、早めの受診をお勧めします。
今すぐ妊娠を希望していない場合は、低用量ピルが一番お勧めです。今は保険がきく低用量ピルがありますので、経済的な負担も少なくなっています。また低用量ピルは子宮内膜症の悪化を防ぎ、服用中は排卵もしないため、卵巣を休ませる事が出来ます。
卵巣チョコレートのう腫も早い段階で治療をすれば、卵巣機能(AMH)を低下させる事無く、癒着を完全に取り除き、卵巣嚢腫のみを摘出できます。
不妊治療と同様に子宮内膜症も早めの検診が最も大切と言えます。
月経がある間は内膜症の完治という事はありません。そのため腹腔鏡手術後早期に妊娠を狙い(排卵誘発剤併用AIHや体外受精)、出産後は薬物療法で生理を止めて内膜症をコントロールして再発を抑えていく事が最善の治療法であると思います。
子宮内膜症と不妊症
生殖年齢女性(20代~40代前半)の約10%に子宮内膜症が発症しています。子宮内膜症患者の30~50%に不妊症に不妊症合併します。同様に不妊症患者の30~50%が子宮内膜症を有しています。
子宮内膜症が不妊になる理由
以下を順に説明します。
- 卵管、卵巣周囲癒着によるキャッチアップ障害
- 卵巣チョコレートのう腫が悪さをする
- 腹腔内貯留液の影響
卵管、卵巣周囲癒着によるキャッチアップ障害
卵巣から排卵した卵子が卵管采に取り込まれるためには卵管と卵巣の位置が正しくなってないといけません。しかし内膜症は卵管や卵巣周囲に癒着を作るためこの2者の位置関係が離れてしまいます。その結果卵子をキャッチできなくなりキャッチアップ障害という状態になります。
卵巣チョコレートのう腫が悪さをする
- 卵巣内に大きなチョコレートのう腫が出来ると、物理的に新しい卵胞が育つスペースが無くなり卵胞発育の異常をきたします。
- チョコレートのう腫が邪魔して排卵しにくくなります。黄体化未破裂卵胞:LUF といった排卵障害になります。
- 排卵したとしても、のう腫サイドに卵管采があれば、卵子は卵管采に入れなくなります。
- チョコレートのう腫が卵子の質を悪くしているという報告があります。
腹腔内貯留液の影響
- 腹水中の「サイトカイン」が悪さをするといわれています。腹水中の「サイトカイン」が以下のような事をして悪さをするため妊娠しにくくなると言われています。
- 受精卵発育異常
- 精子運動能低下
- 卵管機能の抑制
- プロスタグランジンの増加
- マクロファージ活性の亢進
子宮内膜症合併不妊の治療法
不妊の大敵である内膜症をどのように治療していくかについて説明します。主に以下の2通りの治療方法があります。順に説明します。
- 薬物療法
- 手術療法
薬物療法
薬物療法には以上の様な治療法があります。ただこれらの全ては排卵を止めてしまうため妊娠を希望する患者には使えません。あくまで内膜症による症状を抑える目的として使えるものです。
- 低用量ピル
- ディナゲスト
- ダナゾール
- GnRHアゴニスト
- アロマターゼ阻害剤
- 低用量ピル
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術後の再発予防に有効
低用量ピルは避妊薬のため「今すぐ妊娠を希望している場合」には当然使えません。しかし将来的に妊娠を希望している若い子宮内膜症の患者にとって、内膜症が余り重症化しないうちに腹腔鏡の手術を行い、術後妊娠を希望するまでの期間に低用量ピルを用いる事は、「内膜症の進行や再発を抑える事が出来る」ため有用と考えらています。
長期間安全に使用できる
ダナゾールやGnRHアゴニストは肝障害、更年期障害等の副作用があるため投与期間に制限があるのに対して、低用量ピルは長期間安全に使用できます。富士製薬から2008年7月に発売された「ルナベル」は「子宮内膜症に伴う月経困難症」で保険適応にもなり、月2300円/月程度と安く処方出来るようになり患者の負担が減りました。
また2010年末にバイエル薬品から発売された「ヤーズ配合錠」は、卵胞ホルモンの量が今までの低用量ピルの3分の2と、現在日本で使用されているピルのうちで最も低く、「超低用量ピル」とよばれます。「月経困難症」の病名で保険適応となりましたの月2600円/月程度で処方が可能となります。
- ディナゲスト
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「ディナゲスト」とは持田製薬が販売している子宮内膜症治療剤です。1日2mgを2回に分け月経2~5日目より内服を開始します。低用量ピルのような休薬期間は無く継続して服用します。排卵抑制効果のため、月経は来なくなります。理論的には妊娠はしないと考えられます。
ディナゲストはプロゲステロン製剤であり「排卵抑制」と「低エストロゲン状態」によりエストロゲンによる内膜症増殖を阻害し、ひいては内膜症の治療効果をもたらす治療薬です。
治療期間中は8割くらいの人によい効果があらわれます。
慢性的な痛み対しての治療効果が高く長期投与が可能というメリットが多い薬と言えます。副作用としては生理以外の不正出血が72%程度に認められます。その他更年期のような症状がでることがあります。また低用量ピルと比較して保険適応後8500円/月程度とコストがやや高くなります。
手術療法
妊娠を希望する場合は上記の薬物療法が使えないため自ずと手術療法が第一選択となります。現在では腹腔鏡下に手術を行う事が一般的になっています。腹腔内を観察して内膜症の初期病変があればそれを焼灼します。また癒着があれば癒着剥離も行います。 それにより術後の妊娠率が有意に高くなるという報告があります。
卵巣チョコレートのう腫と体外受精(ART)
卵巣チョコレートのう腫とは子宮内膜症のう胞のことで、子宮内膜症患者の2割~5割に見られます。のう腫の内腔には毎月生理の度に卵巣内に出血が貯まり、古くなり固まって、あたかもチョコレートのように見える事でつけられたものです。
ARTを希望される方でチョコレートのう腫を合併しているケースは少なくありません。卵巣チョコレートのう腫がある場合のARTは、色々な意味で治療に苦慮する事が多々あります。
例えば、
- チョコレートのう腫により卵胞の発育が悪いケースもあります。
- 卵巣が癒着しており採卵しにくいケースもあります。
- 採卵の際に穿刺吸引した場合: 採卵の際にチョコレートのう腫も同時に穿刺して内容吸引するという事も技術的には可能ですが極力避けるべきだと思われます。のう腫内容が腹腔内に漏れて腹膜炎を起こす可能性があるからです。
- 「卵子の質が低下する可能性がある」という報告があります。
チョコレートのう腫の取り扱い
おおよそ以下の2通りの選択肢があります。
- チョコレートのう腫をそのままにしてARTを行う。
- 腹腔鏡手術でチョコレートのう腫を取り除き、その後ARTを行う。
このどちらの治療が正解かは議論されている所です。手術をするかしないかに関しては様々な論文が出ており今後の更なる検討が求められています。順にそのメリット、デメリットを考えて見たいと思います。
チョコレートのう腫を残した場合のメリット
- 手術をしなくてもARTで妊娠できるかもしれない。
- 卵巣にメスを入れないので卵巣予備能が下がりにくい。
チョコレートのう腫を残した場合のデメリット
- 今後癌化する恐れがある(0.5~1%の確率)
- のう腫の破裂の恐れがある(3%程度)
- 基本的には自然にはなくならず、今後さらに大きくなる可能性がある。
これらのメリット、デメリットをふまえた上で、のう腫のサイズ、年齢も考慮し、今後どういった選択肢を選ぶかを決める事になります。
個人的な意見として一番好ましいと思う治療は、まず腹腔鏡でチョコレートのう腫を取り除き、その後3~6カ月程度タイミング療法やAIHを行い、妊娠しない場合はARTを行う事だと思っています。その理由として、
- チョコレートのう腫は(確率が低いとしても)癌化や破裂の恐れがあり、妊娠前に取り除く事が望ましい。
- 手術の際には癒着剥離等も行うため、手術後自然妊娠する可能性が増える。
- 子宮内膜症の存在が卵子の質を低下させ体外受精の成績に悪影響を及ぼす可能性があるとの報告がある。
そのため、「まずは腹腔鏡でチョコレートのう腫を取り、その後自然妊娠しない場合は体外受精へとステップアップする」、この一連の流れでの治療が好ましいと思われます。
- 卵巣のう腫手術とAMHについて
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卵巣のう腫の手術をやらなければいけない時に、卵巣機能(AMH)を下げないで卵巣のう腫をとる、これが出来る事がポイントです。
今後の妊娠を考えると、卵巣のう腫を取るだけではなく、卵巣機能を温存したままいかにのう腫を取り除くかが大切です。
ただこれはあくまで理想論であり、手術により卵巣予備能が下がるのであれば、手術をしないでARTを行うという選択肢も検討しなければいけません。
要は手術の技量にかなり多く左右される事になります。手術により卵巣予備能が下がらない確証があれば、まず手術を行った方が良いと思います。
腹腔鏡手術は施設間格差、医師間格差が開腹術と比較し大きい事が指摘されています。
また論文で様々な比較検討が行われていますが、施設や術者の技量までは加味されておらず、どこまで正確に検討されているか一概には言えないと思います。
以前は卵巣予備能を図る検査の一つとしてFSHがありましたが、FSHは月経周期によりばらつきが出るため最適ではありません。
近年AMHが簡便に測定できるようになり、このAMHは月経周期によりばらつきが出る事はないため、いつでも正確に卵巣予備能が図れる事になりました。
つまり術前術後においてこのAMHの変化が出ない事が可能な施設であれば、卵巣のう腫を先に取り除き、その後ARTに進むという流れが理想通りで、最も好ましいと言えると思います。